「Civ5のゲームデザインを反省してみるよ」 前半

9年前に部分訳した記事が眠っていたので再公開

Civ5のリードデザイナーですでにFiraxisを退職し、別のゲーム ATG(At the Gates)の開発資金をKickstarterで集めているJon Shaferのエッセイ。Civ5に関係のある部分だけ抜粋。代名詞などは文脈上適切と思えるものに置き換えているけど、読み違いがあるかも。原文を読んでください。

Revisiting the Design of 'Civ 5'

新作の資金調達の場で、新作に採用されたシステムを説明し正当化するために書かれたもの。だから実際よりもCiv5のダメさが強調されている。読んでいると9割くらいはもっともだが、そこまで悪くはないんじゃないと思えてくる。でもCiv5がまだもっと良くなると信じて待つ私にとってはあまり慰めにならない内容。


まえがき
Civ5のゲームプレイがみんなの期待に答えられたわけではないという事実を無視するつもりはない。僕のデザインが完璧でなかったことは躊躇なく認める。僕らは建設的な批判と反省によって前進するのだし。それがこのエッセイを書いている別の理由でもある。

外交について
元々の目標は、AIを人間のように振舞わせることだった。人間は茫洋としていて気分屋で、そして時には全くイカれたことをする。これは現実に、ホンモノの人間とプレイしている時にはおもろくなることもある。しかし僕が学んだ重要なレッスンは、コンピュータによってシミュレートされたものと遊んでいる時にそうした振る舞いを楽しいものにする方法は無い、ということだった。どうがんばっても、行き当たりばったりで非生産的なノイズにしかならない。

ゲームの楽しさがロール・プレイすることで得られているか、単純にゲームのシステムに由来するかにかかわらず、競争相手の目的と行動がはっきりしなければ、プレイヤーには何が起きているか、そして何をしたらいいかが全くわからなくなってしまう。

Civ5では、ゲーム開始からずっとの(AIの)同盟相手がいても、いったんゲームが後半に突入するとAIは勝つために君の背中を刺すことも躊躇しない。それなら良い関係を築くために手間ひまかけても無駄じゃないか?AIは決して予想可能であってはならない。でも彼らの行動の背後にははっきりした一貫性と理由が必要だ。Civ5の敵AIは完全にゲームの状況次第だったし、その結果、彼らは気まぐれに見え、個性はほんのちょっとしか感じ取れなかった。彼らはみんなイカれていて、しかも全く同じように振舞った。

ゲームがリリースされてからひと月の間に、もう少し行動を予想しやすいように修正した。けれど方針を完全に変えるには遅すぎた。最大の教訓は、ゲームにおいて唯一重要なことは、プレイヤー自身がどういう体験をするかということだった。結果的に楽しくなければ、開発者の意図や、フードの下で何が起きているかは問題じゃない。

AIについて
AIを担当したことは、ゲームデザインと開発について得ることが多かった経験の一つとなった。僕はコンピューターのハイレベルな戦略目標AI、経済AI、外交AIを書いた。

他のエンジニアと同じくエレガントで柔軟な構造を設計するのを本当に楽しんだ。Civ5のAIは相互に作用しあう機能が美しく絡み合ったもので、その中には膨大なログファイルほぼすべてを記録する機能まで含まれていた。僕は自分で書いたコードを誇らしく思ったけど、本当にあまりよいものではなかった。

AIプログラミングについてみんなが知らないことは、AIにさせたいと思うことを実際にさせるのが最大の困難のひとつ、ということ。巨大なストラテジゲームのAIは、思ったように動かないとか、ひどい時には全く役に立たないのが普通なくらいに複雑だ。

僕のAIの別の問題は、すでに長々と話したけれど、ランダムさだった。敵AIは乱数によっていろんな方向の可能性に向かって重み付けられていた。それはAIがある戦略から、その決定の背後になんの関連も持たない別の戦略へとふらついてしまうということでもあった。このアプローチは理屈の上ではうまくいくけど、強いAIを求めるなら特定の行動を無理やりにでもとらせなければならない時もある。

資源について
経済に関してCiv5で行った大きな変更のひとつはブール型(ある資源を持っているか持っていないかのどちらか)から定量型(ある資源を持っていないこともあれば2つ持っていることもあり、たくさん持っている場合もある)に変えたことだ。資源を定量化したのはソリッドな判断だったと今でも感じている。だがいろんな理由から、その遂行は僕が目標としたことすべてではなかった。

Civ5は「ポップキャップ」な資源モデルを持っていた。つまり、8つの鉄資源は剣士や投石器を作るために使える8つの「スロット」を提供する。ATGではもっと伝統的な「ストックパイル」を採用していて、資源は時間とともに蓄積されていき、そしてまとめて消費される。これはポップキャップモデルよりもマイクロマネジメントが必要になるので、それがCiv5で採用しなかった理由のひとつだ。

Civ5ではプレイヤーはすべての資源にちょとずつでもアクセスすることが簡単なので、取引する理由に乏しかった。現実では物資の交換は需給の効果があるから有益だが、Civ5は実質的に自給自足できたらからその必要がなかった。

衛生度を廃止するという決定も他の所で影響が現れた。これは小麦のような非戦略資源の価値を大いに損ねた。後知恵で考えると他のもので埋め合わせできなかったことは明白だ。

Civ5の資源システムの別の問題は、二体の剣士と五体の剣士の差が、剣士を全く持てない可能性と比べて大したことがない点だ。過去に戻ってデザインし直せるなら、資源の産出をもっと限られたものにして、資源がアンロックするユニットと建物をもっとずっとユニークで強力なものに変えていただろう。

ほとんどの軍隊は「下位の結びつき」から成っている。例えば槍兵と、それからターゲットとして、あるいは避けるべき脅威として戦場を味付けする剣士やカタパルトのようなもので。

それはプレイヤーはみんな、ある種の資源へは同じくらい平等にアクセスできねばならず、バランスをとるための工夫が必要ということだ。でも僕はまだこのアプローチがうまくいくと強く信じているよ。

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後半へつづく

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